電気電子システムと表面科学
はじめに
皆さんも知っているように、どのような物質も原子が集まって構成されています。物質はその温度や圧力によって気体、液体、固体の三つの形態をとります。気体と固体、気体と液体などのように二つの形態が両方存在するときにはその間に境界面が存在することになります。これが界面です。当研究室では最も簡単な場合として固体と真空の境界面(通常これが表面と呼ばれていますが)を中心に研究しています。
結晶と結晶の表面
結晶というと水晶や宝石などのような透明感のあるものを思い浮かべるかも知れませんが、 ガラスやプラスチックなどの一部の物質を除いてほとんどの固体は結晶から出来ています。 結晶の中では原子と原子の間に働く力がちょうど釣合う様に原子が秩序正しく並んでいます。 表面ではこの秩序正しい配列が急に途切れてしまい、 表面の原子はこれまで力を及ぼし合っていた相手の原子がいなくなってしまうために 結晶の内部の原子とは違った配列をとるようになります。 これが表面緩和とか表面再構成と呼ばれるものです。 このように表面では原子の並び方が結晶の内部とは異なるために、 表面は結晶内部とは違った電気的、磁気的な性質を持つようになります。
表面の効果はこれまで無視されてきた?
物質の様々な性質を解明することを目的とした学問を物性学といいますが、この物性学は歴史的には原子の秩序的な配列が無限に続いているような結晶の内部についてだけを扱ってきました。もちろん現実の結晶は有限の大きさを持っているのですが、その中には一兆の一兆倍ぐらいの原子が含まれているので、事実上無限にあると思っても差し支えなかったのです。秩序的な配列が無限に続いていると考えることで物質の性質を考えるための理論が数学的に簡潔になるため、この考え方は大成功を納めました。現実には存在する表面のことを何故考えなくても良いのでしょうか?ちょっと計算してみましょう。 立方体の結晶があって、その中に一兆の一兆倍個の原子が含まれているとします。そうすると、立方体の一辺に含まれる原子は一億個ということになります。立方体の一つの面に含まれる原子の数は一億の一億倍個で、表面にある原子と結晶の中にある原子の比率は大体一億分の一程度の大きさになります。表面の効果はこの程度しかないので物質の性質は結晶内部の性質だけでほぼ決ってしまうというわけです。
ナノデバイスと表面
ところで最近の技術の進歩により電子デバイス(素子:小さな部品のこと)はどんどん小さくなっています。たとえばパソコン雑誌などで目にするように現在のCPUの加工精度は0.09ミクロンにまで小さくなっています。 例えば一辺が0.09ミクロンの立方体のなかにはいくつの原子が含まれているかというと、原子と原子の間の距離がだいたい0.3ナノメートル(0.0003ミクロン)程度ですから、立方体の一辺に含まれる原子は300個、立方体の全体で300×300×300=27000000(約3000万)個になります。表面はというと6×300×300=540000(約50万)個で、表面原子の比率は2/100(2パーセント)程度になります。このぐらいになるともう表面の効果を完全に無視することは出来ません。21世紀、加工精度はこのまだ1/10から1/100を目指して開発・研究が行われています。こうなると表面の効果は加工精度0.009ミクロンでは1/5、その加工精度がそのまた1/10になると表面も内部も区別がなくなってしまいます。
おわりに
そもそも普段我々は一体何を見ているのでしょうか?もちろん物体の表面に他なりません。もし中が見たかったら?見ようとする物体を二つに割って中を見れば中が見えるでしょうか?いいえ、そのとき見えるのは新たにできた新しい表面でしかありません。CPUやメモリなどの半導体デバイスは実際には半導体の板(これをウェハーといいます)の表面の上にやっぱり半導体や絶縁体(大抵は半導体の酸化物が使われます)や導体(金属)で構成したものです。理論的に(数学的に)扱うのが困難だというだけで表面のことを無視して良いわけがありません。