物質の性質は主に物質を構成している原子のなかの電子の性質によって決まります。 物質がどのような性質を持っているかを理論的に解明するというのは、 物質の中で電子がどのように運動しているかを理論的に調べることに他なりません。 特に電気電子システム学科で問題になる電気・電子デバイスの場合はそれが顕著だと言えます。 ところが電子のように軽くて小さなものには高校の物理で習ったようなニュートンの運動法則は使えないことがわかっています。 電子の運動を調べるための方法が量子力学です。
量子力学の基本方程式はシュレディンガーの波動方程式と呼ばれる微分方程式です。 この微分方程式を解くことによって電子の運動を理論的に計算することが出来るわけですが、 この方程式は特別な条件のとき、しかも一個の電子についてしか数式だけを使って解くことはできません。 例えば電子材料としてよく用いられる硅素(シリコン)について考えてみることにしましょう。 シリコン原子のなかには 14個の電子が含まれています。シリコンの結晶は一兆の一兆倍ぐらいの数の原子からできていますから 電子の数は一兆の一兆倍のそのまた10倍ぐらいになります。もちろんこんなに多くの電子の運動は計算できませんから、 先程述べたような結晶が無限に秩序正しく原子が配列したものだという仮定を使うことにします。 シリコン結晶の原子配列の一つの繰り返しの中には二つのシリコン原子が含まれているので電子の数は28個ということになります。 このぐらいならなんとかなりそうですがやっぱり方程式は数式では解くことができません。 そこで電子計算機(コンピュータ)を使って数式ではなく数値として方程式を解くことが行われています。
物質の性質を調べるとき電子の運動だけでなく原子の運動も調べなければならないことがあります。 原子は電子に比べるとずいぶん重くて(最も軽い水素原子でも電子の1800倍です) 原子の運動を調べるにはニュートンの運動法則(古典力学)を使うことができます。 この運動の基本方程式はやっぱり微分方程式で、ニュートンの運動方程式と呼ばれています。 これを原子の数だけ連立方程式にして解けばいいのですが、 やっぱり一兆の一兆倍個もの原子をいっぺんに計算することはできませんから 原子がせいぜい1000個から10000個ぐらいの結晶のミニチュアで我慢することになります。 ニュートンの微分方程式は シュレディンガーの微分方程式とは違って二個の原子まで数式で解くことができます。 ただし、原理的には解けるというだけで特別な場合を除いて高校までで習うような(実は大学ででてくるものを含めても) 簡単な数式では答えを書くことはできません。解けるのは2個までで、 3個以上になるとやっぱり数式では計算できませんからここでもコンピュータを使って計算することになります。 ちなみに 原子と原子の間に働く力は電子の運動に深くかかわっているので力を計算するためには まず電子の運動を量子力学を使って計算しておかなければなりません。 電子はマイナスの電荷を原子の中心にある原子核はプラスの電荷をもっていますから 電子や原子の間に働く力というのは電気的な力ということになります。 どんな力が働くのかを知るための学問が電磁気学です。
このように物理の基本法則(基本方程式)だけを使って電子や原子の運動、 ひいては物質の性質を理論的に計算しようとすると、 コンピュータを使ってもせいぜい結晶のミニチュアが計算できるだけで現実の一兆の一兆倍個もの原子を含む結晶の理論計算はできません。 実は、非常に多くの原子や電子について一個々々の運動を計算するのは諦めて平均としての運動を計算する方法があります。 これが統計力学です。 ニュートンの運動法則を基礎とするものを古典統計、量子力学を基礎にするものを量子統計といいますが、 どちらも個々の原子や電子の運動を調べる代わりに、 可能性のある運動すべてについて「ボルツマン因子」という数式を計算しておき それを基に原子や電子がその運動をしている確率や平均としての運動を調べることができます。 ところが可能性のある運動すべてというのはたいていの場合無限に存在しますから この統計力学を使っても特別な場合を除いては数式で答えを計算することはできません。 ここでもコンピュータが活躍することになります。
このように電子の性質や原子の運動を理論的に取り扱うためにはいまやコンピュー タを使った計算機実験(これをシミュレーションと呼びます)は欠かせないものになっています。(それが、固体理論が専門の私が「電子物性の基礎」と「数値計算」の両方の講義を担当している理由です。)